閑話:さん
【白兎金欠危機・第二話】



「……なぁ、真魚。反省してるから、そろそろ下ろしてくれないか?
「知りません」
 天井からスマキの状態でブランと身体を吊り下げられている状態で、小鳥さんがそう訴えてくる。そこでわたしはちゃぶ台の上にご飯を並べて、食事を続けていた。
 とは言っても、食事の内容は極めて質素で。
 ごはんに白菜のお漬け物、のみ。おみそ汁すらも無い状況でしかない。お米だけは買い置きしてあったから助かったけど、それが無かったらと思うと少しだけゾッとする。
「だいたい何ですか、穂乃香ちゃんへの伝言の内容は。金欠の真魚だなんてとんでもない言い方して……今こうして金欠なのは、誰のせいだと思うんですか?」
「その原因を作ったヤツをあたしがぶっ飛ばすから、とりあえずこの宙吊り状態から解放してみると吉だと思わないか」
「ご冗談を、こ・と・り・さ・ん♪」
 当然のように聞き流す事にする。
 そもそもこの状況を作り出したのは小鳥さんであって、全面的に悪いのは小鳥さん、というか小鳥さんもうガッデム。
 穂乃香ちゃんにはだらしない人のように思われたかもしれないし、なんていうか気分は間違いなく最悪だった。
 小鳥さんをスマキにしても状況が良くなる訳じゃなく、相変わらず金欠な事実は何も変わらない訳だけど……。
「そう言えば小鳥さん、日雇いのバイトを捜しておいたとか言ってましたっけ」
「ああ、そうだそうだ。ちゃんと真魚にピッタリなヤツを準備しておいたんだ、教えるから、教えるからそろそろ下ろしてくれよ。な?」
 そう懇願してくる小鳥さんの姿に、わたしは大きくため息をついた。





 ポンと目の前に紙袋が出され、小鳥さんはグッと親指を立てて笑みを浮かべる。
「そんな訳でアレだ、真魚は色々と社会勉強を積むという事も兼ねて。学ぶ所の多い仕事というのを捜してきた」
「いくつか突っ込みたい所があるんですけど」
「細かい事は気にするな! という事で、そこにはアルバイトの為の衣装が入っているという寸法だ。こいつを着て街中でティッシュを配るという、非常にわかりやすい客引きの仕事っつー訳だな」
 それだけ聞く限りは、確かにそんな難しい仕事には思えない。というか、わたしでもこなせるような気はする。
 駅前とかで良く見かける、道行く人達にティッシュを配っていくというのは、幾度か見た事もあるし。
「仕事の内容は理解しましたけど。この仕事……わたし一人でやるんですか?」
「もちろん!」
「小鳥さんってば、おちゃめさん♪」
 ズビシッ
 渾身の力で小鳥さんの眉間にデコピンを叩き込む。
「ぐおああぁぁぁあああッ!?」
 そのままゴロゴロと床を転がり、苦悶の叫びを上げる。とはいえ、全部小鳥さんが招いている事だから良しとして。
 とりあえずどんな衣装だかというのも知らないうちに了承する訳にもいかないから、紙袋の中身を取り出してみる。
 バサバサと内側から出てきたのは、水着のようにカッティングされたハイレグと、網タイツ。それに頭につけるであろう、ウサギの耳を模したヘアバンド。
「ずいぶんと大胆な服装ですね、これ」
「ちゃんと真魚の寸法に合わせてあるから、絶妙に着こなしてくれ」
「……普通、こういうのは小鳥さん自身のサイズに合わせる物じゃないんですか?」
 のっけから働く意志がゼロという事実を改めて思い知らされ、わたしは再び脱力させられてしまう。
 でも、とりあえずこのままじゃらちがあかないし。何よりもお金がない事実をひっくり返すには働くしかない。
 釈然としない所は色々とあるけど、わたしは衣装に袖を通す事にした。
 とはいえ、この服は袖を通すというほど袖があるような衣装でも無いんだけど。

……
……

「よぉし真魚。良い感じじゃないか、まずはしゃがみこんでこうだ。上目遣いになりながら……こう!」
 着替えたわたしを見るなり小鳥さんが言葉を投げつけ、いきなりポーズの指定をしてくる。あまりに突然な言葉に戸惑いながらも、わたしは小鳥さんの姿格好をまねしてしゃがみ込んだ。




「……ん……ッ」
 衣装のサイズを合わせたって小鳥さんは言っていたけど、どうも下腹部の収まりが悪いというか。少し股間がキツいように思える。
「少しキツい感じがするんですけど……?」
「そういう衣装ってのはフィット感が大事って事なんだ。コルセットだって身体にキツイけど、シルエットが綺麗になるだろ。そういうもんさ」
「言われてみればそれはそれでわかりますけど」
 確かに水着とかそういった衣装は、身体のラインをいかに出していくかという所に重きが置かれている所があるように思える。そう考えると多少なりともきつくて当然なのかもしれない、けど。
 にしても気を抜くと胸がこぼれそうなぐらいのギリギリさというのは、どうかしらと思える。
「……って、ふと思ったんですけど」
「どうした真魚」
「この服装で駅前に出てティッシュ配るって、相当恥ずかしくありませんか?」
 家の中でただ着こなすだけならともかくとして、これを外で着るには下着姿で街中歩かされているような気さえしてくるけど。
「ま、あたしゃごめんこうむるが」
「自分でも着たくない衣装を部下に着せて、それでお金稼げって言うんですかこのごくつぶし隊長はぁっ!」
「ふべしっ!?」
 思わず反射的にハイキックを小鳥さんの顔面にかまし、わたしはすぐさま衣装を脱いで床へと叩きつける。
「えぇいっ、もう頼りになりませんっ。こうなったらわたし自らが出てアルバイトを捜してきま……」
「へいっ、ウサギ便の到着。あなたに耳よりなバイト情報をお届けにまいり……失礼しました、また出直します」
 ドアがバタンとそこで開き、リチャードが姿を現したかと思うと。そこで豪快に回れ右をして、そそくさと立ち去っていく。
「どうしたのかしら、リチャードってば。アルバイトの話があるなら普通に入ってくればいいのに」
「いやさ……だって今の真魚、全裸で仁王立ち状態なんだが。ってか普通は居間でほいほいと着てる服とか脱ぎ捨てないだろーに。ってか自覚あるか?」
 そう言われ、わたしは息を軽く飲み。
 改めて自分の姿を確認する為に、視線を落として……。
「こっ、こっ、こっ、ことっ、ことりさ……ッ」
「どうした全裸?」


―その日、小鳥はすまきのまま三食抜かれた事は言うまでもなく。


(続く)